4日午前8時15分ごろ、自民党の中川昭一元財務相(56)が東京都世田谷区下馬の自宅2階にある書斎兼寝室のベッドでうつぶせの状態で死亡しているのを妻(50)が見つけた。検視の結果や現場の状況から、警視庁世田谷署は事件性はないと判断。中川氏は最近、睡眠薬を服用していたといい、同日中に行政解剖して死因を詳しく調べる。
検視では死因は不詳。遺書のようなものも見つかっておらず、世田谷署は自殺の可能性も低いとみている。
警視庁によると、妻は中川氏が起きてこないため様子を見に行き、ベッドでぐったりしている中川氏を発見。午前8時20分ごろ、119番し、救急隊員が午前8時27分、死亡を確認した。中川氏は、ポロシャツに短パン姿。一部はだけていたが乱れはなく、室内に争った形跡もなかった。
顔のうっ血や目立った外傷もなかったが、ベッド上に嘔吐(おうと)の跡があり、室内の机の上に、薬とみられる錠剤の入ったシートが置かれていた。死亡推定時刻は3日午後11時前後とみられる。中川氏は都内の総合病院に通院し、処方された睡眠薬を服用していた。
3日午後9時ごろ、外出先から帰宅した妻が、中川氏が上半身だけをベッドにもたれ掛けるようにしてうつぶせで寝ているのを確認、異常は感じなかったという。
中川氏は妻と長女(25)、長男(17)の4人暮らし。遺体発見時は妻しかいなかった。
中川氏は麻生内閣で財務相兼金融担当相に就任。今年2月にローマで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)閉幕後、もうろうとなった状態で会見して批判を受け大臣を辞任、会見前の飲酒も発覚した。
8月の衆院選では北海道11区で民主党の候補に敗れ、比例代表での復活もできず、落選した。
中川氏は元農相の故一郎氏の長男。東大卒後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に勤務。1983年1月に一郎氏が札幌市内のホテルで自殺し、同年12月の衆院選に立候補、初当選した。8期連続当選し自民党政調会長、農相、経済産業相を務めた。
(共同通信社)

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